ホームページ(3日目)

 このブログは、インターネット企画「3D小説」のために用意されたものです。
 当「3D小説」はグループSNEの公式twitterアカウント上で、企画責任者である「少年ロケット」が開催いたしました。

 この企画は5月5日に、無事、「 Bad end 」の修正を終えました。
 読者であり、登場人物であり、作者でもあったすべての皆様、誠にありがとうございました。

 初めて「3D小説」を読みにこられた方は、下記のリンクにある「えぴくすさんが作ってくださったtogetter」が便利です。


★リンク

 はじめに公開されたシーン「 Scene32 13:00〜 1/2 」
 http://d.hatena.ne.jp/AyumiOKADA/20130502/p1

 岡田アユミ視点、最初のシーン「 Scene2 23:00〜 1/2 」
 http://d.hatena.ne.jp/AyumiOKADA/20130502/p4

 少年ロケットtwitterアカウント
 https://twitter.com/superoresama

 黒崎リョウ視点twitterアカウント
 https://twitter.com/heroeggk

 えぴくすさんが作ってくださったtogetter
「#3D小説 5月2日 後追い用まとめ」
 http://togetter.com/li/496830
「#3D小説 5月3日 後追い用まとめ」
 http://togetter.com/li/496994
「#3D小説 5月4日 後追い用まとめ」
 http://togetter.com/li/497846
「#3D小説 5月5日 後追い用まとめ」   
 http://togetter.com/li/498203
「#3D小説 全ツイート」(告知こみすべて)
 http://togetter.com/li/496822

 くまかばさんが作ってくださった「#3D小説 俺用マトリクス」
 http://www.museru.com/sne3dnovel/


★Chipsに関して

 Chipsは、情報の断片を記載した短い文章です。
 本文中の、特定のワードをクリックすることで表示されます。文字が青くなっているものがChipsにリンクされているワードです。
 また、ブログの「記事一覧」からでもChipsの記事に移動することができます。

 Chipsは皆さんのツイート内容に応じて「ランダムに現れたもの」です。
 Chipsの更新は、5月7日に終了いたしました。


★「その後」のChipsに関して

 一部、本文中にリンクが張られていないChipsがあります。
 登場人物たちの、「その後」に関して書かれているChipsです。
 これら「その後」のChipsに関しては、下記のリンクか、「記事一覧」からお読みください。

Chips - no.47「モップのその後」
http://d.hatena.ne.jp/AyumiOKADA/20130507/p8
Chips - no.49「岡田アユミのその後」
http://d.hatena.ne.jp/AyumiOKADA/20130507/p10


◆Special Thanks!

 アシーネ 東戸塚店 様
 三省堂書店 札幌店 様
 書泉 ブックタワー 様
 TSUTAYA AVクラブ近見店 様
 本のがんこ堂 唐崎店 様

 株式会社はてな

 当企画に参加してくださった、すべての皆様

 以上の方々に、特別な感謝を。
 皆様、誠にありがとうございました!
 

はてなダイアリー上での「3D小説」の公開は、株式会社はてな様から許可をいただいて行っています。



















. 

Scene22 ??:??〜

 夢を見ていた。

 あの公園。
 モップが足元にじゃれてくる。
 黒崎くんは笑っている。
 約束が叶って、私たちは毎日、並んで公園を歩く。
 暖かい夢だ。光に満ちた夢だ。
 でも、何か違和感があった。

 ――ああ、そうだ。
 彼があのペンダントをしていない。
 そのことに気づいた瞬間、モップが消えた。
 黒崎くんもいなくなっていた。
 代わりにそこに立っていたのは、キャップを被り、銃口をこちらに向けた男だった。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene23 10:30〜 1/5

 黒崎くん。
 彼の名前を呟いて、目を覚ます。
 ぼやけた視界で考えた。
 今、彼はどこにいるのだろう?
 何をしているんだろう?
 どうして私は、彼のことを、何も知らないのだろう?

 高校の2年生まで、私たちはずっと手紙のやり取りをしていた。
 手紙でも彼は、ちょっとぶっきらぼうで。もちろん、優しくて。いつも誠実に、私の相談に乗ってくれた。
 なのに、高校2年生のある日、突然、彼からの手紙は途絶えた。
 心配で、私は毎日のように手紙を書いて。
 でもそれらはすべて、「宛て先に尋ねあたりません」の赤い判が押されて戻ってきた。

 手紙は長い間、私たちの、唯一の繋がりだった。
 でもその繋がりは、ふいに損なわれた。
 彼には私の苗字が変わったことさえ、まだ伝えられていない。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next


















. 

Scene23 10:30〜 2/5

 彼のことばかり考えていたせいだろうか。
 目を覚ましてもしばらく、記憶が繋がらなかった。
 ここは? 知らないベッドの上にいる。
 ――いや、知っている。
 ぼやけた記憶が、ゆっくり輪郭を取り戻す。

 昨夜、あのマンションの一室で、地味なスーツに着替えた女性警官に出会った。
 彼女は言った。
「信じられないかもしれないけれど、私は敵じゃないわ」
 もちろん信じられない。でも、じゃあどうしろと言うんだ。
 女性警官に連れられて、マンションを出て。大通りでタクシーを拾った。
 彼女は大きな駅の名前を告げた。
「終電はもう過ぎてますがね」
 ぶっきらぼうな運転手の声。
 構わないわと、彼女は答えた。
 駅でタクシーを降りて、また新しいタクシーを拾って。それを何度か繰り返して、このマンションに到着したのは午前4時を回った頃だった。
「シャワーを浴びて。とにかく眠りなさい」
 と彼女は言った。
 言われた通りに、私はシャワーを浴び、ベッドに入った。
 もちろん、簡単には眠れなかった。

 私は枕元にあったスマートフォンを手に取る。時間を確認したかった。でも、ホームボタンを押しても、画面は暗いままだ。バッテリーがなくなったのだろう。
 辺りを見回す。
 遮光性の高い、ぶ厚いカーテンの隙間から光が漏れている。
 ベッド。枕元に照明。ささやかなデスクとチェア、クローゼット。ビジネスホテルのシングルルームみたいな、シンプルで清潔な部屋だ。本棚もない。ゴミ箱は空だった。
 壁には白い四角形の、スタイリッシュな時計が掛かっている。
 秒針がない。数字さえない。ただ、90度ごとにポイントがついているだけだ。それで午前10時30分頃だとわかった。
 ドアが開く。
「よく眠れた?」
 そこには、白いワイシャツを着た、あの女性警官が立っていた。


back← 共通 →next



















.

Scene23 10:30〜 3/5

 よく眠れた、わけがない。
 全身が気だるい。まったく疲れが抜けた気がしなかった。
 私は女性警官についてリビングに出た。
 テーブルの上には朝食が並んでいる。
 トーストに、スクランブルエッグ。ほうれん草とトマトに少しだけシーチキンが混じったサラダ。
「卵のアレルギーなんかないわよね」
「大丈夫です」
 食品にアレルギーはない。好き嫌いもほとんどない。
 だが、食欲もなかった。
「テーブルについて」
 カップにコーヒーを注ぎながら、彼女は言った。
「気づいてないかもしれないけれど、貴女はお腹を空かせているはずよ。人は緊張して、疲れると、カロリーを消費するものなの」

 彼女と向かい合って、手を合わせて、「いただきます」と言う。
 何もかもに現実味がなかった。いただきます、という言葉にも。
 でも、トーストを一口かじると、腹の底からリアルな空腹感が湧き出てきた。


back← 共通 →next



















.

Scene23 10:30〜 4/5

 柔らかなスクランブルエッグの、程よい塩分が美味い。
「私たちの仕事は、つまり新聞の一面を差し替えることなのよ」
 と女性警官が言った。
「どうして、そんなことしなきゃいけないんですか?」
「世の中の仕事はみんな同じよ、それを望んでいる人がいるから。お金を払ってでも、そうなって欲しいと思っている人がいるから」
「例えば、誰ですか?」
「例えば、汚職をすっぱ抜かれた政治家」
 なるほど。世の中には色々な仕事があるものだ。
 小学生の時にタウンページを開いて同じことを感じたけれど、彼女の仕事はあの黄色い本にも載っていないだろう。
 彼女は続けた。
「新聞を賑わせるには、アイドルを作るのが一番なの。アイドル。日本語だと偶像。うちはこれまでにもいろんなキャラクターを生み出してきたらしいわ。私は新参者だから、あんまりよく知らないけれど」
 彼女はコーヒーに口をつける。
「で、そのアイドルが、今はトレインマンってわけ」
 トレインマン
 その名前を聞いて、心臓が跳ねた。フォークを持った手が止まる。新鮮なトマトが、皿と私の中間にとどまる。
「あの人が、トレインマンなんですよね?」
「あの人って?」
「背が高くて、キャップ帽を被った」
 顔はよく見ていない。ベレットに乗っていた男の人。
「彼も、トレインマンよ」
「も?」
「私もトレインマン。たくさんいるのよ。どんな商売でも、今は組織化される時代だから」
 唾を飲み込む。
「貴女が、私を殺すんですか?」
 彼女は笑った。綺麗な微笑みだった。
「そんなわけないでしょ。私はね、女の子は傷つけないトレインマンなの」
「どうして?」
「可愛い子が好きだから。そして女の子はみんな、ある種の可愛さを持っているから。貴女も好きよ、岡田さん」
 そんなことはどうでもいい。
 いや、よくない気もしたが、今は重要ではない。
「どうして新聞なんかのために、人を殺すんですか?」
 彼女はまたコーヒーに口をつけて、頭を振った。
「理解する必要はないわ。そんなこと。私にだって理解できない」
「でも、貴女もトレインマンなんですよね?」
「ええ。理解できないまま、あれになった」
 彼女は頬杖をついた。
「私の目的は、トレインマンを――それを生み出した組織を、ぶっ潰すことよ」
 いつの間にか、彼女の表情からは笑みが消えている。
「壊したいから、近づくの。ずっと近くまで。その内側まで」
 私は尋ねた。
「どうして?」
 彼女との短い会話で、この言葉を口にするのは何度目だろう。
 でも仕方がない。なにもかもが、わからない。
恋人がいたの。貴女くらいの歳の、可愛い子だった。笑うと左目だけが細くなって。その笑顔が好きだった」
 彼女の表情は、淡々としている。
 悲しげでも、苦しげでもなかったけれど、そのどちらにも見えた。
「でも彼女は組織に殺された。ただ、新聞の一面を差し替えるためだけに。他にはなんの理由もなく」
 その復讐のためだけに、トレインマンになって人を殺したのよ、と彼女は言った。


back← 共通 →next



















. 

Scene23 10:30〜 5/5

 しばらく、彼女の話に圧倒されていた。
 でも、やがて疑問がわき上がる。
 まただ。「どうして」。でも気になった。
「どうして、こんな話を、私にするんですか?」
 必要ない。むしろ彼女には不利なはずだ。
 きっと私は、これから警察へ行って。
 今、聞いた話も、全部伝える。
「教えて欲しいのよ」
 彼女は言った。
「昨日の夜。なぜ貴女は、あのパスワードを知っていたの? あの、PCのパスワード。私だって知らないのに」
 尋ねられても、困る。
 なぜわかったのか、わからないのだ。私にも。
 彼女は僅かに、テーブルに身を乗り出した。
「ねぇ、お願い。教えて。貴女は何を知っているの?」
「わからないんです」
 正直に答える。
「知らないアドレスから、メールが届いて。そこに書いていた通りに打ち込んだだけです」
 彼女は不満げだ。
「誰がそんなことするっていうのよ?」
 わからない。そんなの。わかるわけない。
 神さまのいたずらだとしか思えない。
「正直に教えて。あいつの何を知っているの? あいつは、きっと――」
 その時。
 リビングに、携帯電話の着信音が鳴り響いた。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene25 11:00〜 1/3

 擦りガラスのはめ込まれたドア越しに、女性警官のシルエットが見えた。
 彼女は携帯電話で、誰かと話をしている。
 私はトーストに噛みついて、ほうれん草を口に運んだ。
 それからポケットの中の、スマートフォンを取り出す。あの、パスワードを教えてくれたメールが気になった。でもバッテリーが切れたスマートフォンでは、アドレスを確かめることもできない。

 やがて、ドアが開いて女性警官が戻ってくる。
「朝食は中止よ」
 慌てた様子だ。
「いい?」
 と尋ねられた。何がいいのだかわからない。
 彼女は矢継ぎ早に告げる。
「あのキャップ帽がここに来るわ。あいつは貴女を探している。昨夜の時点では貴女なんかどうでもいい様子だったけれど、今は強い興味を持っている。もちろん貴女にとっては悪い意味で。だから貴女はここを出て行かなければならない」
 ここまで、ほとんど息継ぎもしていなかった。
 とにかく私は逃げなければならないのだ、とシンプルに理解する。席を立った。
「まっすぐ警察に向かうのはダメよ」
 強い口調で彼女は言った。
「通報するのはいい。やめろとは言えない。でも決して貴女だとわからない形で通報して。貴女だとわかる情報も控えて。電話は駄目。公衆電話も。手紙は、まだましかしら。投函は利用者の多い駅のポストを選んで」
「どうして、ですか?」
「わかりやすく通報すると、貴女が殺される」
 彼女の声は冷たい。
「報復。悪人っていうのはだいたいが古風なのよ。貴女が情報を漏らせば確実に殺される」
 眉をひそめた。
「でも、悪い人が捕まれば――」
 私は彼に、怯える必要もなくなるのではないか。
 言葉を遮って、女性警官が言った。
「組織だって、いつまでもトレインマンを使い続けられるとは思っていないわ。捨てる準備はできている」
 彼女は人差し指を銃の形にして、私の胸に突きつけた。
「つまりね、トレインマンが捕まっても、貴女を狙う悪者は滅びないのよ」
 でも、それなら、どうしようもないじゃないか。
「匿名で通報しても結局、私は殺されるんじゃないですか」
 なんといっても一度、トレインマンに捕まっているのだ。
 例えばこのタイミングで、昨日のマンションの情報が洩れれば、通報者は私しか考えられないだろう。
「昨日のあいつはちょっと変わったトレインマンなのよ。きっとまだ、組織には連絡を入れていない。だから、こっそりと動けばなんとかなる」
 上手く飲み込めない。
 ちょっと変わったトレインマンってなんだ。そもそも普通のトレインマンがわからない。
 女性警官は大きな独り言のように、一方的に告げる。
「あいつの目的がみえないのが気持ち悪いわね。貴女のことは簡単に見逃すと思ってたんだけど。とにかく注意した方がいいわ。いつ、あいつがここにやって来るのかも、私にはわからないのよ。日が暮れてからなのかもしれないし、もうマンションの下にいるのかもしれない。だから急いで」
 この人は慌てると口数が多くなるのかもしれないな、と妙な感想を抱いた。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene25 11:00〜 2/3

 アルバイトの帰り道に誘拐された私には、まともな荷物もない。
 玄関に向かい、靴を履く。
「あの」
 後からついてきた女性警官に声をかける。
「ありがとうございました。それに、ごちそうさまです」
 彼女はふっと笑う。
「変な子。私も、トレインマンよ」
 もちろん、この人は、善人ではない。
 きちんと警察に捕まるべきなのだと思う。庇うつもりもなかった。
「でも、助けてくれたから」
 お礼は必要だ。
 彼女はほんの僅かに、困ったように眉をひそめた。それは、これまでに見た彼女の表情の中で、もっともチャーミングだった。
「ひとつだけ、貴女にお願いしてもいいかしら?」
「内容によります」
「あの写真のジオラマを、調べて欲しいの」
 ジオラマ――
 昨日、トレインマンに届いたメールに添付されていた写真。
 なぜだかそれは、私が生まれ育った街の、ジオラマだった。
「私が調べてみるつもりだったけれど。これから私は、あいつに会わないといけないから」
 何かわかったらここに連絡して、と、彼女はメモ帳に電話番号を走り書きした。


back← 共通 →next



















. 

Scene25 11:00〜 3/3

 さすがに、マンションを出る瞬間は緊張した。
 物音を立てないようにゆっくり歩き、辺りを見回す。あのキャップ帽も、ベレットも目につかない。
 でも不安だ。背の低い建物ばかりの街並みを、足早に進む。
 ここが京都だということは、あの女性警官がタクシードライバーに伝えた住所でわかっていた。私が育った場所に近い。バス1本で、かつて暮らしていた家の辺りまで行ける。
 ――警察。
 警察に行きたかった。
 普段ならすれ違うだけでなんとなく気まずい警官に、これほど会いたいと思ったことはない。
 なのに。
 ――わかりやすく通報すると、貴女が殺される。
 その言葉が耳の奥で反響する。全身が震えた。
 女性警官と別れたことで、恐怖が増したようだ。彼女もトレインマンなのに。独りは、嫌だ。
 ――黒崎くん。
 彼のことを考える。
 ――私は、どうすればいいのかな? 黒崎くん。

 でも彼はこの街にいない。
 10年も前に、遠い所に引っ越してしまった。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene27 11:45〜 1/4

 公民館に近づくと、あの頃の記憶がよみがえった。
 思い出は匂いに似ていた。ある点から浸み込んで、いつの間にか意識を満たす。――ここには、かつて彼と訪れたことがある。
 だから私は公民館を目指したのだ、と気づいた。
 あの女性警官に頼まれたというのもある。なぜここのジオラマの写真がトレインマンに届いていたのかも、もちろん気になる。
 でもそれ以上に、彼との記憶がある場所に来たかった。
 そうすることで気持ちが楽になることを知っていた。誰だって喉の渇きを癒す方法を知っているように。

 ガラス製の扉は、意外に重い。あの時は彼が開けていてくれた。
 よく覚えていた。
 つるりとしたクリーム色の床。左手に背の低い長机があり、町民便りが並んでいる。
 それに気を取られていると、
 ――こっちだよ。
 と彼は言った。
 正面の階段に、彼は足をかけている。
 私は慌てて彼の後を追う。
 公民館という場所には馴染みがなくって、入っちゃいけない場所に忍び込んだように、不安だった。彼と手を繋ぎたいなと思うけれど、そうする勇気がなかった。
 黒崎くんが階段を上る。私もそれに歩調を合わせる。彼の、2段後ろを進む。
 上の階は資料室になっていた。
 ガラス戸のついた、古い木製の本棚に、同じく古びた本が並んでいる。くすんだ白の背表紙に、漢字だけの、役所の資料みたいなタイトルがついている本だ。
 窓には薄手のカーテンがひかれている。それを通って、弱い光が入ってくる。本棚の足元には薄い暗がりが居座っている。
 深い森に入り込むような気分で、広くもない部屋の奥へ。

 ――あの頃から、何も変わっていない。
 記憶をなぞるように、私は進む。
 やっぱりあの頃と同じように、部屋の奥には、ガラスケースに入った大きなジオラマがあった。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene27 11:45〜 2/4

 彼はどこか誇らしげに、そのジオラマを眺めていた。
 私たちは2人で、建物を指さして。
 ――オレ、その本屋よく行くよ。立ち読みばっかだけどさ。
 ――あ。あっちの雑貨屋さんで、可愛い消しゴム見つけたんだよ。
 本当はもうお互いが知っていることを、ひとつずつ説明し合った。

 あれから10年経って、私は一人、ジオラマを見下ろしている。
 ガラスケースに入ったジオラマは、薄く埃を被っていた。
 私たちの町のジオラマ。この町が私たちのものだった頃の、ジオラマ
 懐かしくて胸が熱い。
 私たちの小学校。私たちの通学路。私たちの思い出。
 その真ん中に公園があった。
 いつか、必ず、彼と毎日歩くことになる公園だ。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene27 11:45〜 3/4

 濃密な記憶の中に、私はいた。
 あの半年間がこれまでの人生の大半だったように思った。
 こんな時なのに、ぼんやりとジオラマを眺める。
 ――どうして。
 ふいに、怒りが湧いてきた。
 ――どうしてこれの写真が、トレインマンに届くの?
 嫌だ。あの半年間だけは、あの半年間に関する物だけは、誰にも汚されたくはない。
 私はジオラマをじっくりと観察する。
 建物の1つ1つを、道路の1本1本を、いちいち疑った。
 トレインマン。その名前のせいで、駅と線路は何度も確認した。
 でもおかしなところはどこにもない。細部まで丁寧に作り込まれている、とても精巧なジオラマだと、改めて感心しただけだ。
 ジオラマが入っているガラスケースにも、埃の溜まった足元のスペースにも、やはり疑問点は見つからない。――いや、1つだけ。見つかったものがあった。
 ガラスケースの下、木製の台座に、ささやかに、小さなプレートがついている。
 元々は金色のメッキだったのだろう。けれど、それは所々剥げ、傷痕みたいな茶色い錆が目立つ。
 そのプレートには、制作者の名前があった。

『黒崎正吾』

 そうだ。
 どうして、忘れていたんだろう?
 このジオラマは彼のお父さんが作った。
 あのとき、私がお父さんのことを聞いたから、彼はここに連れてきてくれたのだ。

 誇らしげに、
 ――結構、良くできてるよな。
 そう言った彼を、ようやく思い出した。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene27 11:45〜 4/4

 公民館の脇には自動販売機と、青いベンチと、公衆電話が並んでいた。公衆電話の前で、ポケットのメモを開いた。
「なにもわかりませんでした」
 女性警官に告げる。
 電話の向こうで、彼女は笑う。
「律儀な子って、好きよ」
「じゃあ――」
 電話を切ろうと思った。
 その前に、彼女が言った。
ジオラマの、制作者の名前はわかる?」
 少しだけ、迷って。
「黒崎正吾という人です」
 と私は答えた。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene30 12:50〜

 疲れていた。とても。
 モップの抱き心地を思い出す。ふわふわの見た目に反して、意外にごわついた感触。
 隣には黒崎くんがいる。彼のぶっきらぼうな表情。でも、よく見ると口元が、僅かに微笑んでいる。
 私は、どうすればいいんだろう?
 私は、どうなるんだろう?
 ――助かるに決まってるさ。
 彼に、そう言って欲しかった。
 胸元に手を伸ばす。やっぱり、ペンダントなんてない。

 私の足がゆっくりと動く。
 ほかにはどうしようもなくって。
 記憶の中の、一番深い部分にある道を進む。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene32 13:00〜 1/2

 前方に白い高架が見える。
 その上を、音を立てて電車が走った。一つ右隣の広い通りには丹波口駅がある。
 私はもうすぐ電車に乗り込み、ペンダントを捜しに行く。
 でも、その前に、深呼吸をしたかった。
 あの公園で思い切り息を吸い込めば、全身が生き返るような気がしていた。
 身体と、心が求めるままに、まっすぐ歩く。
 高架の下を抜ける。
 子供っぽい看板の、お弁当屋さんの前を通ると、揚げ物の匂いがする。久しぶりなのに、いつもの匂い。ずっと変わらない。
 さらに進む。
 信号の向こうに、公園が見える。
 小学生の頃は6年間、この公園を通り抜けて学校に通った。モップと、そして彼に出会った公園だ。
 疲れていて、苦しくて。
 ここがなんの救いにもならないことだって知っていて。
 なのに、なんだか安心する。
 公園があの頃のままあれば、それだけで少し救われる。そんな気がする。
 ふと、目に入る。
 公園の入り口横には交番が建っている。小さな交番だ。お巡りさんがいるのかも疑わしいような。
 ――助けて。
 と祈る。
 でも、祈るだけだ。今の私に、その扉を開ける勇気はない。
 交番の脇を通り、銀色の車止めを避けて公園に入る。車止めには作り物のスズメが4羽ずつ留まっている。
 公園の歩道を、前へ。
 左手の木陰には鉄棒がある。記憶よりもずいぶん低い。それに、なんだかへんな場所。芝生の片隅に無理やり作ったみたいな。
 でも、あの頃にはそんな違和感もなかった。なぜだかちょっと笑える。
 やがて、広場に到着する。

 ここだ。
 もう水の止まった噴水の、正面にあるベンチ。
 モップと、彼に出会った場所だ。
 何度も私が泣いた場所。
 とても大切な約束をした場所。
 私はそのベンチを眺めていた。
 ここにくれば、元気になれると思ったのに。
 思い出したのは、あの頃の涙だった。

 私は、どうかしていたのだろう。
 こんな非常時なのに、足音に気がついたのは、それが間近に迫ってからだった。
 あの、黒く、まっすぐな瞳を思い出す。
 ――黒崎くん。
 彼の名前と一緒に、顔をそちらに向ける。
 身体が硬直した。
 まず目に入ったのは拳銃だ。
 深くキャップ帽を被った青年が――
 トレインマンが、そこにいた。


back← 全編 →next
back← 岡田 →next



















. 

Scene32 13:00〜 2/2-A

 ポケットの中で、何かが震えたような気がした。
 でもそれは気のせいだ。スマートフォンはもう、バッテリーがないのだから。
 きっと、恐怖に身震いしただけだ。

 ああ、私は。
 ――助けて。
 きっとこの街に戻ってきて、ゆっくりとした長い走馬灯をみていたのだ。
 ――助けて、黒崎くん。
 身体がいうことをきかない。
 水中で、もがくみたいに、無理やりに振り返る。
 やってきた道を駆け戻る、つもりだった。
 でも足がもつれる。倒れた。地面がふいに目の前に迫る。
 膝を強く打ったが、痛みは感じなかった。脳が、打撲や裂傷よりも大きな危険を理解しているのだろうか。
 手をついて起き上がろうとする。
 すぐ真後ろで、足音がした。
 それを聞いた時、身体はもう、動かなくなった。
 絶望が全身にのしかかる。
 その時だった。

 なにかが、輝いた。

 前方だ。スケートボード禁止と書かれた看板の向こう。
 ひょろりとした1本の木がある。その木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ペンダント。
 2つの、ペンダントだ。
 白と黒。左と右。2つで1つのそれらは今、正しい形になって。
 綺麗なハートになって、そこにある。
 何かの、奇跡みたいだ。
 私の、ずっと求めていたハートが今、確かに、そこにある。
 そう思ったのに。

 瞬きした途端、そのハートは消えてなくなってしまった。
 後に残ったのは、ただ短く切られた、無残な枝だけだ。
 ――幻覚?
 これが、走馬灯のラストシーンなのだろうか。
 だとすれば、なんて私に似合っているんだろう。
 10年前から、ずっと願っていたんだ。あのハートが綺麗な形を取り戻す瞬間を。10年間、それが私の、すべてだった。
 目を閉じる。
 幻覚だとしても、あの映像を、もう一度思い出すために。
「すまない」
 と、彼の声が聞こえたような気がした。

 でもその言葉は、巨大な破裂音に、すぐにかき消されて。
 ふいに訪れた暗闇の中で、私にはもう幻想のハートを思い出すこともできなかった。


 Bad end - no.4「心ない結末」


back← 全編 →next
back← 岡田



















.

Chips - no.16「書店」

 Rule chips

 主に書籍や雑誌を扱う店。
 本が好きな人間にとって、日常的に立ち寄る場所のひとつ。妙に安らげる。
 とはいえ、書店も店舗ごとに様々な特徴を持つ。
 たとえば営業時間ひとつをとっても、それぞれ少しずつ違っている。
 例を挙げよう。

 三省堂書店 札幌店
 営業時間 10:00 〜 21:00

 アシーネ 東戸塚
 営業時間 9:00 〜 22:00

 本のがんこ堂 唐崎店
 営業時間 10:00 〜 22:00

 TSUTAYA AVクラブ近見店(書籍コーナー)
 営業時間 10:00 〜 24:00

 書店では静かに、落ち着いて過ごしたいものだ。


back←



.

Scene10 01:50〜 2/4-???

 しばらくメールをいじっていた。
 でも、どこにも送信できない。圏外だから当然だ。
 さすがにもう諦めよう、そう決意した時だった。
 手の中の、スマートフォンが震えた。
 錯覚だ、と思った。電波も届かないところに、私はいるのだから。でも理性とは反対に、身体は素早く反応していた。モニターを覗き込む。
 そこには、確かに。
 新しいメールが、届いていた。
 知らないアドレス。――「少年ロケット」でもない。
 タイトルは、「岡田さんへ」。
 とにかく文面を読んでみる。

 本を見つけたら、音読してみてください。

 ――本?
 それだけ?
 間違いメールだとしても、違和感がある文面だ。こんなメールを送るシチュエーション、想像できない。でも、「岡田さんへ」と書いてあるし。気になる。
 ――本なんて、ないよ。
 ここにはなんにもない。
 ともかく返信してみるが、やっぱりエラー。圏外なのに、一方的にメールが届くことなんてあり得るのだろうか。
 ――でも、こっちから送れなきゃ、どうしようもないじゃない。
 助けも呼べない。警察に連絡してもらうこともできない。
 ため息をついて、私は目の前のドアを見つめる。とにかく進むしかないのだ、どれだけドアの向こうが怖ろしくても。ここに留まっていても、何も変わらない。
 手を伸ばす。胸が大きな音をたてる。怖い。心臓が痛くて、吐き気さえ覚える。息を止めて、ノブを回す。ドアはこんなにも簡単に開く。
 先は暗い部屋だ。

 誰も、いないようだ。
 息を吐き出す。肌が妙に汗ばんでいた。
 ゆっくり、辺りを見回した。広い。リビングだろうか。ソファー、テーブル。テーブルの上には文庫本が1冊。
 ――本?
 先ほどのメールを思い出した。
 ――音読、って。
 なぜ、そんなことを。
 どこにトレインマンがいるかもわからないのだ。さすがにこの状況で、音読なんてしたくなかった。
 でも、あのメールのせいで、やっぱりその本が気になる。
 ――ちょっと、読むくらいなら。
 その文庫本を手に取る。濃いブラウンに、ポップな街のイラストが描かれたカバーがかかっている。
 表紙を開いてみた。中身は、ただの小説だ。気になることはなかった。
 さすがに音読はせず、本をまたテーブルに戻す。
 ――余計なことをしてる場合じゃない。
 窓を探したが、それはなかった。部屋の奥、パソコンラックにデスクトップPCが置かれている。モニターは暗いが、電源のボタンは緑色に光っていた。左手の方に、ドアがある。また、――また、あれを開けるのか? 嫌だ。心底、怖い。
 ふと気づいた。
 PCなら、インターネットに繋がっているんじゃないか? スマートフォンが圏外でも、有線なら、あるいは。
 私はPCに駆け寄る。
 緑色の電源ボタンを押す。
 モニターが明かりを放つ。
 そこには、奇妙な画像が映っていた。
 世界地図、のようだ。その上に迷路が書き込まれている。あまり丁寧なものではない。雑な線だ。
 ともかくエンターキーを押してみた。小さなウィンドウが、画面の中心に表示される。

 このコンピュータはロックされています。
 パスワードを入力してください。

 パスワード?
 先ほどのメールを思い出す。
 ――ONDOKU、とか?
 そんなわけないか。そう思いながら、でも他には何も思いつかず、とりあえず打ち込む。
 エンターキーを押すと、ウィンドウの文字が変わった。

 ERROR!

 ふいに。
 PCから、ビィ、ビィと耳障りな音が響いた。息が詰まる。電源ボタンを押すが反応しない。なんなの? 立ち上がろうとして、デスクで強く腰を打つ。勢いよくまたチェアに座り込む。
 モニターに正方形のウィンドウが開いていく。いくつも、いくつも、重なり合って。まず見えたのは私の顔だった。それから、私の背後、私の耳、私の左手――
 無数のウィンドウに、無数の私が映る。私が動くと、モニターの私も動く。今、この場面を撮られているのだ、と理解した。あらゆる角度から、あらゆる私を。辺りを見回す。モニターの私も首を振る。だがカメラは見つからない。
 ビィ、ビィとうるさい音はまだ鳴り続けている。私の画像には、判子を押すように、同じ赤い文字が張りつけられていく。

 WANTED!
 WANTED! WANTED! WANTED!

 何かとんでもない失敗をしでかしたのだと、ようやく気づいた。
 混乱する。視界がぼやけた。涙が滲む。
 ポケットで何かが震えた。スマートフォン。電波がないじゃ、なかったのか? 慌てて引っ張り出す。やはり、左上には圏外の文字。
 なのに1通のメールが届いていた。差出人はまた「少年ロケット」だ。
 メールには、妙に陽気に。

 うーん!!
 どうやら音読しても、関係ない予感がするぜっ!
 でも、色々試してみてくれてありがとー!!
 ありがとー!!!!!

 そう、書かれていた。
 意味がわからない。きっと誰かの悪ふざけだ。
 視線を戻すと、モニターには、また新しいウィンドウが現れていた。
 白く、小さなウィンドウ。そこに無機質な文字が並んでいる。

 おめでとうございます。
 あなたは次の一面記事に選ばれました。

 ゆっくりと、時間をかけて、その短い文章を読だ。
 読んでから意味を理解するまで、さらに時間がかかった。
 あまりに遅すぎるけれど、ようやくわかった。
 ――きっともう、トレインマンからは逃げられない。
 悔しくて、私は強く、目を閉じた。

Bad end - no.1「修正されるべきシーン」


back← 全編 →next
back← 岡田















.

Scene10 01:50〜 2/4-D

 しばらくメールをいじっていた。
 でも、どこにも送信できない。圏外だから当然だ。
 さすがにもう諦めよう、そう決意した時だった。
 手の中の、スマートフォンが震えた。
 錯覚だ、と思った。電波も届かないところに、私はいるのだから。でも理性とは反対に、身体は素早く反応していた。モニターを覗き込む。
 そこには、確かに。
 新しいメールが、届いていた。
 知らないアドレス。――「少年ロケット」でもない。

 鮟貞エ弱Μ繝ァ繧ヲ。

 ――なんだ? これ。
 肩すかしだ。文字化けしている。
 ともかく返信してみるが、やっぱりエラーだ。圏外なのに、一方的にメールが届くことなんてあり得るのだろうか。
 ――でも、こっちから送れなきゃ、どうしようもないじゃない。
 助けも呼べない。警察に連絡してもらうこともできない。
 ため息をついて、私は目の前のドアをみつめる。とにかく進むしかないのだ、どれだけドアの向こうが怖ろしくても。ここに留まっていても、何も変わらない。
 手を伸ばす。胸が大きな音をたてる。怖い。心臓が痛くて、吐き気さえ覚える。息を止めて、ノブを回す。ドアはこんなにも簡単に開く。
 先は暗い部屋だ。

 誰も、いないようだ。
 息を吐き出す。肌が妙に汗ばんでいた。
 ゆっくり、辺りを見回した。広い。リビングだろうか。ソファー、テーブル。テーブルの上には文庫本が1冊。どこかの書店のものだろう、濃いブラウンに、ポップな街のイラストが描かれたカバーがかかっている。
 窓を探したが、それはなかった。部屋の奥、パソコンラックにデスクトップPCが置かれている。モニターは暗いが、電源のボタンは緑色に光っていた。左手の方に、ドアがある。――また、あれを開けるのか? 嫌だ。心底、怖い。
 ふと気づいた。
 PCなら、インターネットに繋がっているんじゃないか? スマートフォンが圏外でも、有線なら、あるいは。
 私はPCに駆け寄る。
 緑色の電源ボタンを押す。
 モニターが明かりを放つ。
 そこには、奇妙な画像が映っていた。
 世界地図、のようだ。その上に迷路が書き込まれている。あまり丁寧なものではない。雑な線だ。
 ともかくエンターキーを押してみた。小さなウィンドウが、画面の中心に表示される。

 このコンピュータはロックされています。
 パスワードを入力してください。

 やっぱり、そう上手くはいかない。パスワードなんかわかるはずがない。
 とりあえず思い当ったのは、先ほどのメールだ。文字化けしていた2通目ではなく、1通目の方。
 スマートフォンをキーボードの隣に置き、チェアに腰を下ろした。メールの数列を打ち込んでみる。長すぎるなと思いながら。
 エンターキーを押すと、ウィンドウの文字が変わった。

 ERROR!

 同時に、ビィ、ビィと耳障りな音が響いた。息が詰まる。電源ボタンを押すが反応しない。なんなの? 立ち上がろうとして、デスクで強く腰を打つ。勢いよくまたチェアに座り込む。
 モニターに正方形のウィンドウが開いていく。いくつも、いくつも、重なり合って。まず見えたのは私の顔だった。それから、私の背後、私の耳、私の左手――
 無数のウィンドウに、無数の私が映る。私が動くと、モニターの私も動く。今、この場面を撮られているのだ、と理解した。あらゆる角度から、あらゆる私を。辺りを見回す。モニターの私も首を振る。だがカメラは見つからない。
 ビィ、ビィとうるさい音はまだ鳴り続けている。私の画像には、判子を押すように、同じ赤い文字が張りつけられていく。

 WANTED!
 WANTED! WANTED! WANTED!

 とんでもない失敗をしでかしたのだ、とようやく気づいた。
 混乱する。視界がぼやけた。涙が滲む。
 ポケットで何かが震えた。スマートフォン。電波がないじゃ、なかったのか? 慌てて引っ張り出す。やはり、左上には圏外の文字。
 なのにメールが届いていた。差出人はまた「少年ロケット」だ。
 メールには、妙に陽気に。

 悪い!
 いやな、100点どころか、ひゃくまんてんレベルのメールだったんだけどさ。
 なーんか、こっちの方だと、文字化けすんの。なんでかなー、フシギだなー。
 ともかく、別の助け方で頼むぜ! ホントごめん!

 そう、書かれていた。
 意味がわからない。きっと誰かの悪ふざけだ。
 視線を戻すと、モニターには、また新しいウィンドウが現れていた。
 白く、小さなウインドウ。そこに無機質な文字が並んでいる。

 おめでとうございます。
 あなたは次の、一面記事に選ばれました。

 ゆっくりと、時間をかけて、その短い文章を読だ。
 読んでから意味を理解するまで、さらに時間がかかった。
 あまりに遅すぎるけれど、ようやくわかった。
 ――きっともう、トレインマンからは逃げられない。
 悔しくて、私は強く、目を閉じた。


Error「どうしようもなく不可抗力で誰も悪くない文字化け」


back← 全編 →next
back← 岡田



















. 

Scene10 01:50〜 2/4-????

 しばらくメールをいじっていた。
 でも、どこにも送信できない。圏外だから当然だ。
 さすがにもう諦めよう、そう決意した時だった。
 手の中の、スマートフォンが震えた。
 錯覚だ、と思った。電波も届かないところに、私はいるのだから。でも理性とは反対に、身体は素早く反応していた。モニターを覗き込む。
 そこには、確かに。
 新しいメールが、届いていた。
 知らないアドレス。――「少年ロケット」でもない。
 本文は――

 岡田さん、驚かせてごめんね。
 でも、一つだけ教えて欲しいんだ。君たちを助けるために。
 黒崎の連絡先は知らないかい?

 え。
 私と彼のことを、知っているの?
 どうして。一体、誰なんだ。小学校の頃の、同級生かな?
 ――黒崎くん。
 意識は、自動的に彼のことを思い出していた。
 黒崎くん。
 彼の連絡先は、わからない。
 彼が引っ越ししてからも長い間、手紙のやり取りを続けていたのに。
 高校2年生のある日、ばったりとそれが途絶えてしまった。
 ――黒崎、くん。
 もしも、ここに彼がいたら。
 そう考えてしまう。
 ――もしかしたら、この人なら、黒崎くんのことを知っているのかも!
 思い当り、ともかく返信してみるが、やっぱりエラー。圏外なのに、一方的にメールが届くことなんてあり得るのだろうか。
 ため息をついて、私は目の前のドアを見つめる。とにかく進むしかないのだ、どれだけドアの向こうが怖ろしくても。ここに留まっていても、何も変わらない。
 手を伸ばす。胸が大きな音をたてる。怖い。心臓が痛くて、吐き気さえ覚える。息を止めて、ノブを回す。ドアはこんなにも簡単に開く。
 先は暗い部屋だ。

 誰も、いないようだ。
 息を吐き出す。肌が妙に汗ばんでいた。
 ゆっくり、辺りを見回した。広い。リビングだろうか。ソファー、テーブル。テーブルの上には文庫本が1冊。どこかの書店のものだろう、濃いブラウンに、ポップな街のイラストが描かれたカバーがかかっている。
 窓を探したが、それはなかった。部屋の奥、パソコンラックにデスクトップPCが置かれている。モニターは暗いが、電源のボタンは緑色に光っていた。左手の方に、ドアがある。また、――また、あれを開けるのか? 嫌だ。心底、怖い。
 ふと気づいた。
 PCなら、インターネットに繋がっているんじゃないか? スマートフォンが圏外でも、有線なら、あるいは。
 私はPCに駆け寄る。
 緑色の電源ボタンを押す。
 モニターが明かりを放つ。
 そこには、奇妙な画像が映っていた。
 世界地図、のようだ。その上に迷路が書き込まれている。あまり丁寧なものではない。雑な線だ。
 ともかくエンターキーを押してみた。小さなウィンドウが、画面の中心に表示される。

 このコンピュータはロックされています。
 パスワードを入力してください。

 パスワード?
 先ほどのメールを思い出す。
 黒崎くん、の方ではない。彼が関係しているはずない。その前の、長い数列の方だ。
 ――もちろん、パスワードがメールで届くはずなんて、ないけど。
 とりあえず打ち込む。
 エンターキーを押すと、ウィンドウの文字が変わった。

 ERROR!

 違った、のか。
 PCから、ビィ、ビィと耳障りな音が響いた。息が詰まる。電源ボタンを押すが反応しない。なんなの? 立ち上がろうとして、デスクで強く腰を打つ。勢いよくまたチェアに座り込む。
 モニターに正方形のウィンドウが開いていく。いくつも、いくつも、重なり合って。まず見えたのは私の顔だった。それから、私の背後、私の耳、私の左手――
 無数のウィンドウに、無数の私が映る。私が動くと、モニターの私も動く。今、この場面を撮られているのだ、と理解した。あらゆる角度から、あらゆる私を。辺りを見回す。モニターの私も首を振る。だがカメラは見つからない。
 ビィ、ビィとうるさい音はまだ鳴り続けている。私の画像には、判子を押すように、同じ赤い文字が張りつけられていく。

 WANTED!
 WANTED! WANTED! WANTED!

 何かとんでもない失敗をしでかしたのだと、ようやく気づいた。
 混乱する。視界がぼやけた。涙が滲む。
 ポケットで何かが震えた。スマートフォン。電波がないじゃ、なかったのか? 慌てて引っ張り出す。やはり、左上には圏外の文字。
 なのに1通のメールが届いていた。差出人はまた「少年ロケット」だ。
 メールには、妙に陽気に。

 そうなんだよなーっ!
 この2人は、高校2年から、連絡とれてないんだよなーっ!
 で、最後に顔を見たのは小5でさー。
 なーんか、「あいつだ!」ってわかるものがあるといいんだけどなーっ!

 そう、書かれていた。
 意味がわからない。きっと誰かの悪ふざけだ。
 視線を戻すと、モニターには、また新しいウィンドウが現れていた。
 白く、小さなウィンドウ。そこに無機質な文字が並んでいる。

 おめでとうございます。
 あなたは次の一面記事に選ばれました。

 ゆっくりと、時間をかけて、その短い文章を読だ。
 読んでから意味を理解するまで、さらに時間がかかった。
 あまりに遅すぎるけれど、ようやくわかった。
 ――きっともう、トレインマンからは逃げられない。
 悔しくて、私は強く、目を閉じた。

Bad end - no.1「修正すべきシーン」


back←



















.

Scene10 01:50〜 2/4-B

 しばらくメールをいじっていた。
 でも、どこにも送信できない。圏外だから当然だ。
 さすがにもう諦めよう、そう決意した時だった。
 手の中の、スマートフォンが震えた。
 錯覚だ、と思った。電波も届かないところに、私はいるのだから。でも理性とは反対に、身体は素早く反応していた。モニターを覗き込む。
 そこには、確かに。
 新しいメールが、届いていた。
 知らないアドレス。――「少年ロケット」でもない。
 文面は――

 パスワードは小説のタイトル

 パスワード? なんのことだ?
 小説といっても、どの小説だかわからない。
 ともかく返信してみるが、やっぱりエラー。圏外なのに、一方的にメールが届くことなんてあり得るのだろうか。
 ――でも、こっちから送れなきゃ、どうしようもないじゃない。
 助けも呼べない。警察に連絡してもらうこともできない。
 ため息をついて、私は目の前のドアを見つめる。とにかく進むしかないのだ、どれだけドアの向こうが怖ろしくても。ここに留まっていても、何も変わらない。
 手を伸ばす。胸が大きな音をたてる。怖い。心臓が痛くて、吐き気さえ覚える。息を止めて、ノブを回す。ドアはこんなにも簡単に開く。
 先は暗い部屋だ。

 誰も、いないようだ。
 息を吐き出す。肌が妙に汗ばんでいた。
 ゆっくり、辺りを見回した。広い。リビングだろうか。ソファー、テーブル。テーブルの上には文庫本が1冊。
 ――本?
 先ほどのメールを思い出す。
 パスワードは、本のタイトル?
 辺りを見渡す。部屋の奥、パソコンラックにデスクトップPCが置かれている。モニターは暗いが、電源のボタンは緑色に光っていた。
 そのボタンに、そっと触れてみる。
 モニターが明かりを放つ。
 そこには、奇妙な画像が映っていた。
 世界地図、のようだ。その上に迷路が書き込まれている。あまり丁寧なものではない。雑な線だ。
 ともかくエンターキーを押してみた。小さなウィンドウが、画面の中心に表示される。

 このコンピュータはロックされています。
 パスワードを入力してください。

 パスワード? ほんとに?
 私はテーブルの上の文庫本を掴む。
 そのタイトルを、打ち込んだ。

 kinou――

 タイトルは日本語だ。読点も入っている。どう打ち込めばいいんだ?
 それとも、日本語で入力すればよいのだろうか?
 悩みながら、打ち終えた。
 エンターキーを押す。ウィンドウの文字が変わった。

 ERROR!

 違った、のか。
 PCから、ビィ、ビィと耳障りな音が響いた。息が詰まる。電源ボタンを押すが反応しない。なんなの? 立ち上がろうとして、デスクで強く腰を打つ。勢いよくまたチェアに座り込む。
 モニターに正方形のウィンドウが開いていく。いくつも、いくつも、重なり合って。まず見えたのは私の顔だった。それから、私の背後、私の耳、私の左手――
 無数のウィンドウに、無数の私が映る。私が動くと、モニターの私も動く。今、この場面を撮られているのだ、と理解した。あらゆる角度から、あらゆる私を。辺りを見回す。モニターの私も首を振る。だがカメラは見つからない。
 ビィ、ビィとうるさい音はまだ鳴り続けている。私の画像には、判子を押すように、同じ赤い文字が張りつけられていく。

 WANTED!
 WANTED! WANTED! WANTED!

 何かとんでもない失敗をしでかしたのだと、ようやく気づいた。
 混乱する。視界がぼやけた。涙が滲む。
 ポケットで何かが震えた。スマートフォン。電波がないじゃ、なかったのか? 慌てて引っ張り出す。やはり、左上には圏外の文字。
 なのに1通のメールが届いていた。差出人はまた「少年ロケット」だ。
 メールには、妙に陽気に。

 うーん!!
 本のタイトルは、関係ないんじゃないかなっ!
 わかんないけど、なんかそんな予感がするぜ!!
 他の方法で頼むっ!

 そう、書かれていた。
 意味がわからない。きっと誰かの悪ふざけだ。
 視線を戻すと、モニターには、また新しいウィンドウが現れていた。
 白く、小さなウィンドウ。そこに無機質な文字が並んでいる。

 おめでとうございます。
 あなたは次の一面記事に選ばれました。

 ゆっくりと、時間をかけて、その短い文章を読だ。
 読んでから意味を理解するまで、さらに時間がかかった。
 あまりに遅すぎるけれど、ようやくわかった。
 ――きっともう、トレインマンからは逃げられない。
 悔しくて、私は強く、目を閉じた。

Bad end - no.2「パスワードが違います」


back← 全編 →next
back← 岡田

















.

Scene10 01:50〜 2/4-!

 しばらくメールをいじっていた。
 でも、どこにも送信できない。圏外だから当然だ。
 さすがにもう諦めよう、そう決意した時だった。
 手の中の、スマートフォンが震えた。
 錯覚だ、と思った。電波も届かないところに、私はいるのだから。でも理性とは反対に、身体は素早く反応していた。モニターを覗き込む。
 そこには、確かに。
 新しいメールが、届いていた。
 知らないアドレス。――「少年ロケット」でもない。
 文面は――

 隣の部屋にカバーの付いた本が在るハズです。
 そのカバーに何が書いてあるか読んでみて下さい。
 何の事か解らないと思いますが、お願いします。
 
 書いてある通り、なんのことだか、わからない。
 本? カバー?
 なんのことだ?
 とにかく返信してみる。
 期待していた。
 でも、やっぱりエラー。圏外なのに、一方的にメールが届くことなんてあり得るのだろうか。
 ため息をついて、私は目の前のドアを見つめる。
 進むしかないのだ、どれだけドアの向こうが怖ろしくても。ここに留まっていても、何も変わらない。
 手を伸ばす。胸が大きな音をたてる。怖い。心臓が痛くて、吐き気さえ覚える。息を止めて、ノブを回す。ドアはこんなにも簡単に開く。
 先は暗い部屋だ。

 誰も、いないようだ。
 息を吐き出す。肌が妙に汗ばんでいた。
 ゆっくり、辺りを見回した。広い。リビングだろうか。ソファー、テーブル。テーブルの上には文庫本が1冊。
 ――カバーのついた本って、これのこと?
 たしかに、カバーがついている。濃いブラウンに、ポップな街のイラストが描かれたカバー。
 そこに書かれている文字を、私は目で追った。

 TOWER AKIBA KANDA MART JINBOCHO GRANDE

 どういう意味だろう?
 私には、わからない。

 
 Scene10 2/4 ALL END


back← 全編 →next
back← 岡田


















.