Scene25 11:00〜 1/3

 擦りガラスのはめ込まれたドア越しに、女性警官のシルエットが見えた。
 彼女は携帯電話で、誰かと話をしている。
 私はトーストに噛みついて、ほうれん草を口に運んだ。
 それからポケットの中の、スマートフォンを取り出す。あの、パスワードを教えてくれたメールが気になった。でもバッテリーが切れたスマートフォンでは、アドレスを確かめることもできない。

 やがて、ドアが開いて女性警官が戻ってくる。
「朝食は中止よ」
 慌てた様子だ。
「いい?」
 と尋ねられた。何がいいのだかわからない。
 彼女は矢継ぎ早に告げる。
「あのキャップ帽がここに来るわ。あいつは貴女を探している。昨夜の時点では貴女なんかどうでもいい様子だったけれど、今は強い興味を持っている。もちろん貴女にとっては悪い意味で。だから貴女はここを出て行かなければならない」
 ここまで、ほとんど息継ぎもしていなかった。
 とにかく私は逃げなければならないのだ、とシンプルに理解する。席を立った。
「まっすぐ警察に向かうのはダメよ」
 強い口調で彼女は言った。
「通報するのはいい。やめろとは言えない。でも決して貴女だとわからない形で通報して。貴女だとわかる情報も控えて。電話は駄目。公衆電話も。手紙は、まだましかしら。投函は利用者の多い駅のポストを選んで」
「どうして、ですか?」
「わかりやすく通報すると、貴女が殺される」
 彼女の声は冷たい。
「報復。悪人っていうのはだいたいが古風なのよ。貴女が情報を漏らせば確実に殺される」
 眉をひそめた。
「でも、悪い人が捕まれば――」
 私は彼に、怯える必要もなくなるのではないか。
 言葉を遮って、女性警官が言った。
「組織だって、いつまでもトレインマンを使い続けられるとは思っていないわ。捨てる準備はできている」
 彼女は人差し指を銃の形にして、私の胸に突きつけた。
「つまりね、トレインマンが捕まっても、貴女を狙う悪者は滅びないのよ」
 でも、それなら、どうしようもないじゃないか。
「匿名で通報しても結局、私は殺されるんじゃないですか」
 なんといっても一度、トレインマンに捕まっているのだ。
 例えばこのタイミングで、昨日のマンションの情報が洩れれば、通報者は私しか考えられないだろう。
「昨日のあいつはちょっと変わったトレインマンなのよ。きっとまだ、組織には連絡を入れていない。だから、こっそりと動けばなんとかなる」
 上手く飲み込めない。
 ちょっと変わったトレインマンってなんだ。そもそも普通のトレインマンがわからない。
 女性警官は大きな独り言のように、一方的に告げる。
「あいつの目的がみえないのが気持ち悪いわね。貴女のことは簡単に見逃すと思ってたんだけど。とにかく注意した方がいいわ。いつ、あいつがここにやって来るのかも、私にはわからないのよ。日が暮れてからなのかもしれないし、もうマンションの下にいるのかもしれない。だから急いで」
 この人は慌てると口数が多くなるのかもしれないな、と妙な感想を抱いた。


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