Scene27 11:45〜 1/4

 公民館に近づくと、あの頃の記憶がよみがえった。
 思い出は匂いに似ていた。ある点から浸み込んで、いつの間にか意識を満たす。――ここには、かつて彼と訪れたことがある。
 だから私は公民館を目指したのだ、と気づいた。
 あの女性警官に頼まれたというのもある。なぜここのジオラマの写真がトレインマンに届いていたのかも、もちろん気になる。
 でもそれ以上に、彼との記憶がある場所に来たかった。
 そうすることで気持ちが楽になることを知っていた。誰だって喉の渇きを癒す方法を知っているように。

 ガラス製の扉は、意外に重い。あの時は彼が開けていてくれた。
 よく覚えていた。
 つるりとしたクリーム色の床。左手に背の低い長机があり、町民便りが並んでいる。
 それに気を取られていると、
 ――こっちだよ。
 と彼は言った。
 正面の階段に、彼は足をかけている。
 私は慌てて彼の後を追う。
 公民館という場所には馴染みがなくって、入っちゃいけない場所に忍び込んだように、不安だった。彼と手を繋ぎたいなと思うけれど、そうする勇気がなかった。
 黒崎くんが階段を上る。私もそれに歩調を合わせる。彼の、2段後ろを進む。
 上の階は資料室になっていた。
 ガラス戸のついた、古い木製の本棚に、同じく古びた本が並んでいる。くすんだ白の背表紙に、漢字だけの、役所の資料みたいなタイトルがついている本だ。
 窓には薄手のカーテンがひかれている。それを通って、弱い光が入ってくる。本棚の足元には薄い暗がりが居座っている。
 深い森に入り込むような気分で、広くもない部屋の奥へ。

 ――あの頃から、何も変わっていない。
 記憶をなぞるように、私は進む。
 やっぱりあの頃と同じように、部屋の奥には、ガラスケースに入った大きなジオラマがあった。


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