Scene32 13:00〜 2/2-A

 ポケットの中で、何かが震えたような気がした。
 でもそれは気のせいだ。スマートフォンはもう、バッテリーがないのだから。
 きっと、恐怖に身震いしただけだ。

 ああ、私は。
 ――助けて。
 きっとこの街に戻ってきて、ゆっくりとした長い走馬灯をみていたのだ。
 ――助けて、黒崎くん。
 身体がいうことをきかない。
 水中で、もがくみたいに、無理やりに振り返る。
 やってきた道を駆け戻る、つもりだった。
 でも足がもつれる。倒れた。地面がふいに目の前に迫る。
 膝を強く打ったが、痛みは感じなかった。脳が、打撲や裂傷よりも大きな危険を理解しているのだろうか。
 手をついて起き上がろうとする。
 すぐ真後ろで、足音がした。
 それを聞いた時、身体はもう、動かなくなった。
 絶望が全身にのしかかる。
 その時だった。

 なにかが、輝いた。

 前方だ。スケートボード禁止と書かれた看板の向こう。
 ひょろりとした1本の木がある。その木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ペンダント。
 2つの、ペンダントだ。
 白と黒。左と右。2つで1つのそれらは今、正しい形になって。
 綺麗なハートになって、そこにある。
 何かの、奇跡みたいだ。
 私の、ずっと求めていたハートが今、確かに、そこにある。
 そう思ったのに。

 瞬きした途端、そのハートは消えてなくなってしまった。
 後に残ったのは、ただ短く切られた、無残な枝だけだ。
 ――幻覚?
 これが、走馬灯のラストシーンなのだろうか。
 だとすれば、なんて私に似合っているんだろう。
 10年前から、ずっと願っていたんだ。あのハートが綺麗な形を取り戻す瞬間を。10年間、それが私の、すべてだった。
 目を閉じる。
 幻覚だとしても、あの映像を、もう一度思い出すために。
「すまない」
 と、彼の声が聞こえたような気がした。

 でもその言葉は、巨大な破裂音に、すぐにかき消されて。
 ふいに訪れた暗闇の中で、私にはもう幻想のハートを思い出すこともできなかった。


 Bad end - no.4「心ない結末」


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