Scene23 10:30〜 4/5

 柔らかなスクランブルエッグの、程よい塩分が美味い。
「私たちの仕事は、つまり新聞の一面を差し替えることなのよ」
 と女性警官が言った。
「どうして、そんなことしなきゃいけないんですか?」
「世の中の仕事はみんな同じよ、それを望んでいる人がいるから。お金を払ってでも、そうなって欲しいと思っている人がいるから」
「例えば、誰ですか?」
「例えば、汚職をすっぱ抜かれた政治家」
 なるほど。世の中には色々な仕事があるものだ。
 小学生の時にタウンページを開いて同じことを感じたけれど、彼女の仕事はあの黄色い本にも載っていないだろう。
 彼女は続けた。
「新聞を賑わせるには、アイドルを作るのが一番なの。アイドル。日本語だと偶像。うちはこれまでにもいろんなキャラクターを生み出してきたらしいわ。私は新参者だから、あんまりよく知らないけれど」
 彼女はコーヒーに口をつける。
「で、そのアイドルが、今はトレインマンってわけ」
 トレインマン
 その名前を聞いて、心臓が跳ねた。フォークを持った手が止まる。新鮮なトマトが、皿と私の中間にとどまる。
「あの人が、トレインマンなんですよね?」
「あの人って?」
「背が高くて、キャップ帽を被った」
 顔はよく見ていない。ベレットに乗っていた男の人。
「彼も、トレインマンよ」
「も?」
「私もトレインマン。たくさんいるのよ。どんな商売でも、今は組織化される時代だから」
 唾を飲み込む。
「貴女が、私を殺すんですか?」
 彼女は笑った。綺麗な微笑みだった。
「そんなわけないでしょ。私はね、女の子は傷つけないトレインマンなの」
「どうして?」
「可愛い子が好きだから。そして女の子はみんな、ある種の可愛さを持っているから。貴女も好きよ、岡田さん」
 そんなことはどうでもいい。
 いや、よくない気もしたが、今は重要ではない。
「どうして新聞なんかのために、人を殺すんですか?」
 彼女はまたコーヒーに口をつけて、頭を振った。
「理解する必要はないわ。そんなこと。私にだって理解できない」
「でも、貴女もトレインマンなんですよね?」
「ええ。理解できないまま、あれになった」
 彼女は頬杖をついた。
「私の目的は、トレインマンを――それを生み出した組織を、ぶっ潰すことよ」
 いつの間にか、彼女の表情からは笑みが消えている。
「壊したいから、近づくの。ずっと近くまで。その内側まで」
 私は尋ねた。
「どうして?」
 彼女との短い会話で、この言葉を口にするのは何度目だろう。
 でも仕方がない。なにもかもが、わからない。
恋人がいたの。貴女くらいの歳の、可愛い子だった。笑うと左目だけが細くなって。その笑顔が好きだった」
 彼女の表情は、淡々としている。
 悲しげでも、苦しげでもなかったけれど、そのどちらにも見えた。
「でも彼女は組織に殺された。ただ、新聞の一面を差し替えるためだけに。他にはなんの理由もなく」
 その復讐のためだけに、トレインマンになって人を殺したのよ、と彼女は言った。


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