Scene33 1/3

「黒崎くん」
 私は、彼に呼びかける。
 そこにいるのは黒崎くんだ。
 何もわからなくても、ハートのペンダントが教えてくれる。
 奇跡が当たり前になって、もう、私は間違えない。
「黒崎くん、だよね」
 決まっていた。
 他にはあり得ない。
 今まで、どうして気がつかなかったのだろう? 鈍くて嫌になる。
 会いたかった。ずっと。何をしていたの? どこにいたの? どうして、銃なんて持ってるの?
 こんな形でさえ、再会は嬉しい。
 純粋に、ただ嬉しい。

 なのに彼は、足元の銃を拾って。
 背を向けて、歩き出した。


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Scene32 13:00〜 2/2-fullheart 2/2

 何もわからなかった。
 なぜハートのペンダントが2つ揃ってここにあるのかも。
 どうして私が、心の底から安心して、あの銃口に背を向けていられるのかも。
 わからないまま、正しい形に繋がった、ペンダントを手に取る。
 10年前から首に下げていた、あの黒い欠片だけじゃない、完全なハートはずっしりと重かった。両手で握りしめる。
 そして、ふいに理解した。

 だ。
 触れて、伝わる、この世界でもっともリアルなもの。暖かな温度のような何かを、手のひらに感じる。
 私はそれを知っている。名前を思い出せないけれど。
 愛情に似ている。友情に似ている。祈りに似ている。涙に似ている。モップにも、もちろん黒崎くんにも似ている。
 熱のような、名前の思い出せない、でも確かに知っている感情が伝わる。ハートから、手のひらを通り、私を駆け巡る。
 だからだ。ふいに理解した。
 誰かが。
 きっとたくさんの誰かが、奇跡を当然にしてくれた。
 思いもよらない幸福が、ただの当たり前になるように、ここまで運んでくれた。
 誰かがハートを、届けてくれた。



 かたん。と、背後で音がした。
 振り返る。
 キャップ帽を被った彼が、両手をだらりと下ろしていた。
 足元に拳銃が転がって、きっとどこでもない方向に、銃口を向けていた。
 彼は、その目深に被ったキャップ帽から、ようやく瞳を覗かせて。
 茫然と、私の手の中のハートを眺めていた。

 深い黒の、まっすぐな。
 それは、大好きな彼の瞳だった。


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Scene32 13:00〜 2/2-fullheart 1/2

 ポケットの中で、何かが震えたような気がした。
 でもそれは気のせいだ。スマートフォンはもう、バッテリーがないのだから。
 きっとただ、恐怖に身震いしただけだ。

 ああ、私は。
 ――助けて。
 きっとこの街に戻ってきて、ゆっくりとした長い走馬灯をみていたのだ。
 ――助けて、黒崎くん。
 身体がいうことをきかない。
 水中で、もがくみたいに、無理やりに振り返る。
 やってきた道を駆け戻る、つもりだった。
 でも足がもつれる。倒れた。地面がふいに目の前に迫る。
 膝を強く打ったが、痛みは感じなかった。脳が、打撲や裂傷よりも大きな危険を理解しているのだろうか。
 手をついて起き上がろうとする。
 すぐ真後ろで、足音がした。
 それを聞いた時、身体はもう、動かなくなった。
 絶望が全身にのしかかる。
 その時だった。

 なにかが、輝いた。

 前方だ。スケートボード禁止と書かれた看板の向こう。
 ひょろりとした1本の木がある。その木の、下から2本目の太い枝――幹から15センチほどで切られた、ただ突起のような枝に、輝くものが引っかかっている。
 ペンダント。
 2つの、ペンダントだ。
 白と黒。左と右。2つで1つのそれらは今、正しい形になって。
 綺麗なハートになって、そこにある。
 圧倒されていた。
 私の、ずっと求めていたハートが今、まぎれもない奇跡として。
 現実として、確かにそこにある。

 立ち上がる。
 奇跡に向かって、歩く。


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Chips - no.24「海を描く男」

 海を描き続けている男がいる。
 雨天を除けば毎日、決まって正午から午後5時まで、同じ場所で同じ海を描き続ける。

 彼は画家ではない。
 ただ、とある理由で、海辺にいたいだけなのだ。

 ところである夜、彼は夜道で、一人の少女にぶつかった。
 少女は青年に引っ張られ、早々にどこかへ立ち去ってしまった。
 海の絵がアスファルトの上に散らばり、彼はそれを集めた。
 その途中、ある「拾い物」をした。
(Chips - no.27「彼の理由」に続く)


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Chips - no.23「みんな」

「彼女」と「彼」と、そして「みんな」。
 この物語における主人公たち。

「彼女」は唐突に巻き込まれた「トレインマン事件」により、悲劇的な死を遂げることが決まっていた。
 そして「彼女」の悲劇は、同時に「彼」の悲劇でもあった。
 けれど――

 その悲劇は「みんな」が一緒に起こした、とんでもない奇跡により、粉々に打ち砕かれた。

 今、「彼女」と「彼」の前には、強い光が射す未来が広がっている。


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Chips - no.22「アユミの苗字」

 高校を卒業する頃、アユミの苗字は吉川から岡田に変わった。それは吉川マユミからの解放ともとれたが、かといって吉川アユミだった頃の思い出を否定する気には、彼女はなれなかった。


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