Scene5 23:30〜 3/3
「緊急事態ですよ。トレインマンが出たんです」
大久保が、電話の向こうに叫んでいる。
「ええ、そうです。銃を持ってて。女の子が狙われたんですよ」
さすがに走り続ける体力もなくなった。
2人、並んで歩く。先ほど転んだ時の痛みが、まだ腰の辺りに残っている。
「大事件でしょう? とにかく保護してください。今、交番に向かってます。――いえ、最寄りはなんだか、先回りが不安で。新神戸の方の交番です」
そうだったのか。トレインマンに交番付近を見張られるなんて、考えもしなかった。そもそも自分がどこに向かっているのかさえ考えていなかった。
ただ、あの場所から離れたかっただけだ。トレインマンがじっと留まっているわけもないのに。
大久保は意外に冷静だ。そう考えてから、思い当たった。
電話を切った大久保に告げる。
「ちょっと、遠回りしすぎじゃない?」
新神戸の交番は、こっちじゃない。もっと北の方だ。
「あ、うん」
大久保は慌てた様子で、何度か頭を掻いた。
「悪い。間違えた」
不安が胸をよぎったが、それを飲み下す。
大久保は普通の大学生で、普通のコンビニ店員だ。もちろんトレインマンは怖いし、混乱だってしているだろう。
なのに私の、命の恩人だ。それはきっと、とても凄いことだ。私には多分、友達が殺人鬼に襲われていても、助けられない。
私は初めて、大久保を尊敬した。
同級生の男の子を尊敬するのは、10年ぶりだ。
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