Scene14 3/4

 父は寡黙な人だった。
 生真面目で、いつも疲れている風で、でも休日になると私と母を車に乗せ、色々なところに連れて行ってくれた。私と母を見て、静かに微笑んでいた。
 母が頻繁に名前を間違えることは、父も気にしているようだった。
 そのことについて、一度だけ、父と話したことがある。

「お母さんは、本当に悲しかったんだよ」
 と父は言った。
「君のお姉ちゃんが遠い所に行って、お母さんはずっと泣いていたんだ。本当に君とあの子のことを間違えているわけじゃないんだ。でもね、強い感情というのは深く胸に残るんだよ。喜びでも、悲しみでもね。だから、ふとした時につい、それが口に出てしまうだけなんだ」
 父はいつものように、静かに微笑んでいた。
「もしお母さんが名前を間違えたとしても、君への愛情は何もかわらない。気にすることはないんだよ、マユミ」
 そのすぐ後に、父は自身の失言に気づいたようだった。
 その顔から、静かな微笑みが抜け落ちた。
 この人も、お母さんと同じなんだと、私は思った。


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