Scene13 2/2

 衣を外したからあげと、ふかしたジャガイモのサラダと、サンドウィッチを、モップは勢いよくたいらげた。
 空になったタッパーに、黒崎くんが水を汲んできてくれる。モップはあっという間にそれを飲み干す。
 それから私は初めて、彼と長い時間、話をした。
 長いといっても30分くらいだけど。1時間前の自分が聞いたら、とても信じられなかっただろう。
 話してみると黒崎くんは、怖い男の子ではなかった。
 普通の男の子だ。いや、普通よりもずっと落ち着いていて、大人びていて、でも優しい男の子だった。
 私はその時、はじめて彼の瞳をきちんとみた。
 深い黒の、まっすぐな瞳。
 綺麗だな、と思ったことを、強く覚えている。

「吉川さ、犬、飼える?」
「たぶんダメだと思う。うちマンションだから。黒崎くんは?」
「無理だな。アパートだし。そもそもまともに餌代もねぇよ」
 黒崎くんの家が貧乏だということは、なんとなく知っていた。
 特に意識していなくても、なぜか漏れ聞こえてくるのだ。知らない間にウィルスがコンピュータに入ってくるみたいに。
「さっきのからあげ、実はめちゃくちゃ羨ましかったからな。こいつから奪い取ろうかと思った」
 と彼は笑った。
「ごめん。もうないの」
「本気じゃないよ。冗談」
「黒崎くんの冗談はわかりにくいね」
「吉川の察しが悪いんだよ」
「あ、でも、ケーキならある」
「なんだよそれ。誕生日かよ」
「誕生日だよ」
「え? 誰の?」
「私の」
「そっか。お前、年上だったのか」
「いや同い年だよ。クラスも一緒だし。……あれ? でも、今日は年上なのかな?」
「冗談だって。歳なんてどうでもいいさ。オレ達は学年に支配されている。小学5年生、のたった5文字で、全部パッケージされている」
「意味わかんない。あ、それも冗談?」
「どうかな」
 綺麗に笑って、彼は言った。
「ともかく吉川、誕生日おめでとう」
 私は思わず、泣きそうになった。
 それから、さっきまで一人で泣いていたことを思い出した。
「フルネームで言って」
 つい、そんなことを頼んでしまう。
「え?」
 彼の驚いた顔。
 ふいに我に返り、恥ずかしくなる。何を言ってるんだ、私は。
「ごめん。なんでもない」
 小声で呟いた。でも、黒崎くんは言った。
「誕生日おめでとう、吉川アユミ」

 確か、泣いたと思う。
 恥ずかしくてあんまり、思い出したくない。


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