Scene19 3/4

 冷静ではなかった。
 何が不満なのか、何に対して怒っているのか、まとまらない。
 きっとモップの病気は治る。公園の片隅なんかじゃない、もっときちんとしたところで生活できる。ごはんにも困らない。モップは可愛い犬だ。愛されることだって、きっとできる。それはつまり、モップは居場所を、手に入れられるということだ。
 黒崎くんは初めから、それを望んでいた。
 彼は最初から100パーセント正しかった。
 なにも間違ったことは起こっていない。
 なのに、何かが、許せなかった。

「おい! どこに行くんだよ!」
 黒崎くんが後ろを走っている。
「決まってるじゃない」
 あの白い帽子は、動物病院を出て右手に進んだ。駅とは反対だ。バスの停留所の方向。まだ間に合うかもしれない。
 角をまがると、やっぱり。白い帽子がいた。別のおばさんと立ち話をしていた。
 耳につく、甲高い声が聞こえる。
「ええ、そうなのよ。どこかの子供が連れまわしてたみたいで――」
 白い帽子の3メートルほど手前で足を止めた。
 彼女は眉をひそめて、こちらを見ている。
 ――こいつは。
 ようやく、はっきりわかった。
 ――モップを、捨てたんだ。
 決して許されないことをしたのに、許されようともしないまま、なかったことにしようとしている。
 彼女を睨む。両手の拳を強く握る。
 許せない。
 生まれて初めて、全力で叫んだ。

「あの子を、よろしくお願いします!」

 叫んで、思い切り、頭を下げた。
 私はこの人が、大嫌いだ。
 でもこの人は、ほんの気まぐれで、私にはどうしてもできなかったことをしたんだ。その気になれば簡単に、モップを助けられたんだ。
 悔しくて仕方がない。こんな人にできることが、私にはできない。
 涙が、真下に落ちた。


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