Scene18 1/3

 手早く点滴を打ってくれた獣医は、機嫌が悪そうな口調で言った。
「で、どうするつもりなの? こいつ」
 こいつ、とはもちろんモップのことだ。今は落ち着いた様子で眠っている。
 黒崎くんが答える。
「預かって貰えないんですか?」
「そりゃ、もちろん預かるのはいいよ。っていうか、入院は必要」
「え」
 思わず声が漏れた。
 私はすやすやと眠るモップに視線を落とす。
「悪いんですか? 病気」
「とりあえず、食塩水とビタミンを打ったただけだからね。もうちょっと調べてみないとなんともいえない。下痢や嘔吐はなかった?」
 黒崎くんが私を見た。
 私は俯いて首を振る。
「わかりません。……ごめんなさい」
 モップが下痢だなんて、考えもしなかった。
 ――きっと。
 きっと、本当の飼い主なら、簡単にわかることなのだろう。なのに私には、まったくわからない。
 獣医は顔をしかめる。
「ああ、そうそう、捨て犬だったね」
「治るんですか?」
「だから診察が必要だって言ってるでしょ。とりあえず今、疑わしいのは――」
 聞き覚えのないウイルスの名前を、獣医は口にした。もしその病気であれば、明確な治療法はなく、モップ自身が体内で抗体を作るまで対処療法を続けるしかないのだという。
「だから、しばらく入院。ま、体力は結構ありそうだから、大丈夫だとは思うよ。でもさ、やっぱり命の大きさって、身体の大きさとある程度イコールだから。大人よりも子供の方が病気に弱いし、人間よりも犬の方が病気に弱い。――って、そういう話じゃなくってさ」
 獣医の表情が、ころころと変わる。意外に子供っぽい人だ。
「問題はね、その後だよ。いざ治りましたって時、誰が引き取りにくるわけ?」
「私が来ます。絶対に」
「それでどうするの? 君の家で飼える?」
「それは――」
 無理だ。きっと。でも、モップを見捨てられては困る。
「頼んでみます」
「頼んでみて、ダメだったら?」
 私は言葉に詰まる。ダメだったら、どうすればいいんだろう?
「うちは飼えますよ」
 と、黒崎くんが言った。
「父も母も犬が好きだから、反対はされないと思います」
「ホントに?」
「はい」
「君さ、この前言ってたのと、まるっきり違ってない?」
 この前? 黒崎くんは、この獣医に会ったことがあるのだろうか。
「あの時は嘘をついたんですよ。なーんか、犬とか飼うの面倒だなと思って」
 獣医はしばらく、彼の顔を見ていた。
 黒崎くんは平然と答える。
「治療費だって、今は手持ちがないけど、すぐに取ってきます」
 獣医はゆっくり、息を吐き出て、
「ま、わかったよ。オレだって結構、名医で通ってるんだ。こいつを死なせる気はないさ」
 そう言った。


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