Scene15

「誕生日おめでとう、吉川アユミ」
 と、黒崎くんが言った。
 ふいに泣き出した私を見て、彼はずいぶん、慌てていた。

 涙を拭いていた時に、彼は言った。
「やっぱりさ、こいつの飼い主を探した方がいいと思うんだ」
 モップは黒崎くんの足元にじゃれついている。
「飼い主?」
「うん。ほら、首輪の跡がある」
 確かにモップは、首の周りの毛が寝ていた。
 私は眉を寄せる。
「でも、今はしてないんだよ? 首輪」
「確かに、捨てられたのかもしれない。でもさ、首輪がすっぽ抜けちゃっただけかもしれないだろ」
「そんなことあるのかな?」
「わからないけど、あるかもしれない」
「もし、捨て犬だったらどうするの?」
「こいつの家族に文句を言ってやるさ。ペットを捨てるのって、確か法律で禁止されてるはずだし」
「そんなことして、どうなるの?」
「心を入れ替えて、またこいつを飼い始めるかもしれない。そうなったら一番いい。だめでも、こいつの飼い主を探すのに協力してもらおう。やっぱり大人の方が、いろいろ便利だろ」
 想像して、怖くなった。
 モップを捨てた大人に会うことが、だ。
 きっと怖い人だ。どれだけ正しくても、子供の言うことなんてきいてくれない。怒鳴られてお終いだと思う。
「ねえ、ここで飼おうよ」
 と私は言った。
「段ボールか何か持ってきてさ。古いタオルをひいて。ご飯くらいならなんとかなるよ」
 黒崎くんは首を振る。
「だめだよ。今はいいけど、寒くなったら風邪をひいちゃうだろ」
「でも――」
「それに、保健所に見つかったら、殺される。殺処分。あいつらは邪魔な犬を殺すんだ。それが仕事だ」
 私は言葉を詰まらせる。
 黒崎くんがじっと私を見て、少しだけ笑った。
「よかった」
「え?」
「また、泣くかと思った。吉川、泣き虫だから」
「そんなことないよ。さっきのは、例外」
「嘘だろ」
「ホントだよ。例外中の例外」
 私はあんまり泣かない。
 今日はこれまでの11年分が溜まっていただけだ。
 黒崎くんが、ベンチから立ち上がる。
「ま、でも今は、両方やろう」
「両方?」
「うん。スーパーで段ボールを貰ってくる。こいつの家を作ろう。すぐに飼い主がみつかるとは限らないからさ。モップには仮住まいがいる」
 モップというのがこの犬の名前だと、すぐにわかった。
 私もこの犬を、心の中ではずっと、モップと呼んでいたのだ。


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