Scene4 23:20〜 2/3
どうして、と繰り返す。
どうして、声を掛けられた時にすぐ、走り出さなかったんだろう? どうして、嫌な予感がしていたのに、まっすぐに歩いて来てしまったんだろう? どうして、再開しているはずもないマンガのために、コンビニに立ち寄ったのだろう? どうして――
それは銃だった。銃口が私を見ていた。
どうして、こんなことが、起こり得るのだろう?
「君も知っての通り、トレインマンは凶悪な犯罪者だ」
青年が言った。
「たまには、良いことだってする。でもそれはスパイスみたいなものだ。より得体の知れない悪になるための」
淀みなく語りながら、こちらに向かって歩く。身体を揺らして。銃口だけは揺れずに。
「世間はカテゴライズが大好きだ。犯罪者だってすぐに仕分ける。逆恨み? 精神異常? それとも崇高な思想犯? どれも同じだ。簡単に分析できてしまうとそこでお終いだ。もちろん、一度は盛り上がる。あらゆるワイドショーが口をそろえて同じことを言う。でも、そんなのはしょせん、一発屋だ。カテゴライズされ、パッケージングされると、凶悪犯だってすぐに忘れ去られちゃう」
きっと1メートルよりも近い。ほんの目の前で青年は足を止めた。手を伸ばせば届きそうな距離に、銃口があった。
「だから、トレインマンは気まぐれなんだ。大抵は悪い奴だよ。でも、ある夜ふっと、善い奴になったりする。標的もひゅんひゅん取り替える。人間を撃つ夜があり、カーネルサンダースを撃つ夜がある」
間近でも青年の顔はわからなかった。
キャップ帽を深くかぶっているから、ではない。
銃口から目を離せなかった。瞬きもできない。
あらゆる警察と新聞記者が心底知りたいと思っている顔が、その何十センチか上にあったとしても、視線を持ち上げようという気になれない。
「さて今夜のトレインマンは、悪人かな? 善人かな? それはオレの気まぐれにかかっている。でもね、オレの気まぐれは、君の言葉に左右される」
ゆっくりと、青年の右手が持ち上がった。その銃口は、私の眉間を狙っていた。
銃の位置に合わせて、私も顔を上げる。でもやはり青年の顔は見えなかった。逆光だったというのもある。別のものが視界に入ったところで、その暗く深い穴しか見えていなかったというのも、もちろんある。
足から力が抜けた。よろめく身体に合わせて、銃口が向きを変えた。座り込みそうになったが、なんとか持ちこたえる。
逃げ出そうと思った。でも背を向けるなんて、できるはずもなかった。
大声を上げよう。そうだ、トレインマンは周到な犯罪者だ。人目を嫌うに決まっている。とにかく叫べば、こいつはいなくなるかもしれない。
息を吸って。叫ぶよりも先に、青年は言った。
「黙れ。君が口にしていいのは、『はい』だけだ。まぁ、イエスでもいい。ノーはダメだ。オレはあまり、銃声が好きじゃない」
僅かな間だけ、銃口の向きが逸れた。生き残る可能性をちらつかせるように。
「質問は2つだ。君は、オレに協力的か? それと君は、物事をすぐに忘れられる都合の良い頭を持っているか? まずはこの2つだけだよ。さあ、自分で決めるんだ。乗車券の行先は――」
ふいに。
銃口が、見えなくなった。
青と白の縞々が、視界に広がり、銃と青年に覆いかぶさった。
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