Scene4 23:20〜 1/3

 ベレッタ、じゃない。
 ベレット。
 あのレトロな車。街じゃまず目にしないけれど、でも確かに存在していて、10年前、彼を遠い所へ連れ去ってしまった。

 切り離せない記憶がある。
 ベレット、公園、白い犬。でもその毛は茶色く汚れている。
 そしてもちろん彼のこと。幼い約束。ついでに、会ったことのない姉の名前。
 どれも強く繋がっている。
 最後の1つだけは、大きなハサミでちょんぎってしまいたかったけれど、そうそう上手くいくものでもない。

 街灯が足りない。暗い道が悪いんだ。
 なんだか記憶がネガティブな方向にばかり手を伸ばす。
 意識して、彼との記憶を思い浮かべた。そのぶっきらぼうな、でもどこか優しい声を。誠実な、まっすぐな、黒い瞳を。それから白い犬を抱きしめた時の、ごわごわとした毛の感触を。
 それでいくらか気が紛れた。と思ったけれど、錯覚だった。

 自宅へと続く、最後の角だ。
 数秒に一度点滅する、切れかかった街灯の真下にセダンが停まっている。
 ベレット。コンビニで見た、あの不吉な車。隣に、キャップ帽を目深にかぶった青年が立っている。
 ――夜道で、人とすれ違うのって、なんか怖いな。
 キャップ帽のつばが、青年の顔に大きな影を作っている。
 トレインマンの名前を思い出す。少し速足になりながら、無理に考えた。
 ――悪い人なら、街灯の下になんか立たないよ。きっと犯罪者は闇に紛れている。
 青年と、ベレットの隣を通り過ぎる。
 ほら、杞憂だった。内心で気の小さい私を笑った時だった。
「すみません」
 青年が言った。
「トレインマンを、ご存知ですか?」
 思わず、振り返る。
 後悔するよりも先に、青年の右手が目に映った。
「知らないと、色々面倒なんだけど。ま、大丈夫だよね。トレインマンは必然的に有名なんだから」
 銃口が、まっすぐにこちらを睨んでいた。


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