2013-05-03から1日間の記事一覧

Chips - no.14「吉川マユミ」

吉川マユミ、享年10歳。 アユミの両親は、共に亡くなった愛娘を忘れられないでいた。 だがその愛に関して、夫妻のスタンスは正反対だったともいえる。 妻は彼女への愛を、いつまでも大切に抱き続けるべきものだと考えていた。 夫は彼女への愛を、できる限り…

Chips - no.13「RocketJump01」

岡田には知り得なかったはずの情報。なのに、飛び出した。 ロケットはいちばんがすき。 back← .

Chips - no.12「本当に送られてきたメール」

岡田にしてみれば、どこの誰だかわからない、「誰か」から届いたメール。 そのメールを信じようと思ったのは、短い文面を読んだ時、確かに送信者の愛を感じたからかもしれない。 back← .

Chips - no.11「ドアの先」

その先は玄関。外の世界に繋がっている。 back← .

Chips - no.10「iPhone5」

アップルが開発したタッチスクリーンベースの携帯電話。5だけど第6世代目。岡田は天気予報のアプリと乗り換え検索アプリを3種類ずつ入れている。 back← .

Chips - no.6「海」

神戸の海は静かだ。波も落ち着いており、潮の香りさえほとんど感じない。 ところで、この海を描き続けている男がいる。 雨天を除けば毎日、決まって正午から午後5時まで、同じ場所で同じ海を書き続ける。 彼はその生活を始めて、4年目になる。 (「Chips -…

Chips - no.5「5月5日」

子供の日。 10年前のゴールデンウィークが終わる日、「彼」は「彼女」がいる町を離れた。 5月5日。その日に2人は、とても大切な約束を交わした。 back← .

Chips - no.4「fullheart」

heartful、ではなくfullheart。 欠けのない、綺麗なハート。 そのアドレスには岡田の強い願いが詰まっている。 back← .

Chips - no.3「大久保克輝」

趣味は漫画を読むこととダーツ。小学時代はサッカー部、中学と高校では帰宅部だった。 back← .

Chips - no.2「ハート」

心臓の形をしたマーク。ただし由来には諸説ある。 多くの場合、愛情表現のアイコンとして使用される。 愛はすべてを変える力を持つ、かもしれない。 back← .

Chips - no.1「光徳公園」

京都駅から嵯峨野線でひと駅、丹波口近くにある公園。 すぐ隣に京都産業大付属高校、南東に光徳小学校などがある。 春には美しい桜が花を咲かせる。 「彼女」と「彼」の、いくつもの思い出が詰まった場所。 back← .

Scene21 2/2

最後にもう1つだけ、思い出を語ろう。 引っ越しの当日、ようやく黒崎くんからそのことを聞いて、もちろん私は泣いた。それは仕方のないことだ。いくら泣いても恥ずかしくなんてない。 泣き続ける私に、彼はプレゼントをくれた。 白と黒、2つのペンダント。…

Scene21 1/2

黒崎くんと、モップと、私で、あの公園を散歩したことがある。 モップが退院した日のことだ。モップを引き取りに来たのは、あの白い帽子ではなかった。顔立ちの優しいお婆ちゃんが、何度も黒崎くんと私にお礼を言った。 そのお婆ちゃんにお願いして、最後に…

Scene20

その、翌日のことだ。 黒崎くんの席を、クラスの男子生徒が3人、取り囲んでいた。 「お前、なんで昨日、こなかったんだよ?」 どうやら黒崎くんは、彼らとの約束をすっぽかしたらしい。 「ああ、悪い。体調が悪くてさ」 素直に事情を説明すればいいのに。黒…

Scene19 4/4

ふいに、笑い声が聞こえた。 ぼやけた視界で顔を上げる。 あの白い帽子はもう、いなくなっていた。話し相手のおばさんもいない。ただ、黒崎くんが、大声で笑っていた。 彼は遠慮なく私の背中を叩く。 「お前、最高だな!」 黒崎くんが何を言っているのか、わ…

Scene19 3/4

冷静ではなかった。 何が不満なのか、何に対して怒っているのか、まとまらない。 きっとモップの病気は治る。公園の片隅なんかじゃない、もっときちんとしたところで生活できる。ごはんにも困らない。モップは可愛い犬だ。愛されることだって、きっとできる…

Scene19 2/4

相変わらず、空は馬鹿みたいに晴れていた。 うつむいていた黒崎くんは、ふいにその空を見上げる。 「よかったよ」 と、彼は言った。 「モップは家族のところに戻れるんだな。たぶんお腹が空くこともなくってさ。ハッピーエンドだ」 違う、と思った。 黒崎く…

Scene19 1/4

黒崎くんは戻ってこない。 もう1時間も経っていた。 自動ドアが開く音が聞こえて、ようやくか、と思ったけれど、別人だった。 白い帽子を被った女性が、どこか忙しない歩調で動物病院に入ってくる。 第一印象は「おばさん」だ。40代か、50代。大人の歳はよ…

Scene18 3/3

「今日のぶんの治療費を取ってくるよ」 そう告げて、黒崎くんはいなくなってしまった。 私は待合室のソファーに腰を下ろす。 以前通っていた小児科のような雰囲気だ。ラックに雑誌が並んでいる。子育ての雑誌とペットの雑誌は似ている。 することもなくて、…

Scene18 2/3

診療室を出た私は、黒崎くんをじっと見つめる。 「嘘だよね?」 犬を飼えるという話だ。 「もちろん」 あっさり黒崎くんは答える。 「大丈夫なの? そんな嘘、ついて」 「さあ」 「さあ、って」 「とにかく入院させて貰えなきゃ、どうしようもないだろ。嘘よ…

Scene18 1/3

手早く点滴を打ってくれた獣医は、機嫌が悪そうな口調で言った。 「で、どうするつもりなの? こいつ」 こいつ、とはもちろんモップのことだ。今は落ち着いた様子で眠っている。 黒崎くんが答える。 「預かって貰えないんですか?」 「そりゃ、もちろん預か…

Scene17 2/2

黒崎くんは、まず犬小屋を破壊した。 「何を――」 しているの? そう尋ねる前に、意図がわかった。 彼は犬小屋をまた、ただの段ボールに戻して、底にタオルを敷き詰めた。 「ほら、モップを」 「うん」 モップを段ボールの中に横たわらせる。彼はそれを抱きか…

Scene17 1/2

そのよく晴れた日曜日、私はモップの元に向かっていた。タッパーには残り物のパンと、冷蔵庫から取ってきたハムが入っている。 あんまり空が青くて、なんだかとてつもなく素敵なものが落ちてきそうな予感がして、アマリリスを口ずさみながら公園に入った。 …

Scene16 3/3

やがて私は、黒崎くんが「モップの飼い主を探そう」と言い出したことなんて忘れてしまった。 なんだか幸せで、ずっとこれが続けばいいと思っていた。 いや、できれば、クラスメイトがいない時に、ひょっこり黒崎くんが話しかけてくれないかなと、期待さえし…

Scene16 2/3

それから毎日、放課後の公園で、モップに会った。 この公園を通り抜けると、小学校への近道だ。だからクラスメイトたちもよく通りかかる。 私は少し、不安になる。 ――黒崎くんと一緒にいるところを見られたら、嫌だな。 なんといっても相手はあの黒崎くんな…

Scene16 1/3

実のところ、モップの飼い主を探すことに、乗り気ではなかった。 その飼い主は確かにモップを捨てたのだ。取り返しようのない事実として。 私はきっと、モップに自分を重ねていた。 もちろん私は両親に捨てられたわけではない。 むしろ両親は、私を大切にし…

Scene15

「誕生日おめでとう、吉川アユミ」 と、黒崎くんが言った。 ふいに泣き出した私を見て、彼はずいぶん、慌てていた。 涙を拭いていた時に、彼は言った。 「やっぱりさ、こいつの飼い主を探した方がいいと思うんだ」 モップは黒崎くんの足元にじゃれついている…

Scene14 4/4

11歳の誕生日を、私は心待ちにしていた。 姉は10歳で死んだ。11歳になれば、彼女の呪縛から逃れられるのではないか、と、期待していた。「おめでとう」 と母が言った。 「おめでとう」 と父が言った。 名前は呼ばれなかった。でも、「マユミ」と言われなかっ…

Scene14 3/4

父は寡黙な人だった。 生真面目で、いつも疲れている風で、でも休日になると私と母を車に乗せ、色々なところに連れて行ってくれた。私と母を見て、静かに微笑んでいた。 母が頻繁に名前を間違えることは、父も気にしているようだった。 そのことについて、一…

Scene14 2/4

母は日常的に、私の名前を間違えた。 テストで良い点を取ったとき、母は言った。 「すごいわね、マユミ」 落し物を交番に届けたとき、母は言った。 「偉いわね、マユミ」 合唱会でピアノを弾いたとき、母は言った。 「よく頑張ったわね、マユミ」 読書感想文…